ゆるぐた記録日記

読んだ本、思った事、取り留めもなく書き綴るつもり。

身体の話

身体が邪魔だなぁと思うことが増えた。

だからといって精神体みたいなものになりたいかと言われたら、いや絶対なりたくないですと言う。

バランスが取れてないないとも思う。身体と精神のやりとりがうまくいっていない。そこで摩擦が起こるのは精神の方で、その矛先は身体に行きがち。

 

身体を思い通り動かすことなんてできる気がしない。難しすぎる。そもそも思い通りに動かせるようには出来てないのかもしれない。

勝手に入らなくていいところに力が入るし、やたら重いし、ケアしてもしても満たされないし、精神と足並み揃ってないと思ったら精神に引きずられて不調になったりするし。言い出すとキリない。

 

1番如実に私を表現しているところが身体な気がする。積み重ねたものが目に見えて分かってしまう。隠しようがない。

少し話がズレるけど、他人の容姿で重要視するのは写真のような静止画の時の格好良さ不細工さ可愛さではなく、表情の作り方だったりする。

笑い方とか、話す時の動作とか、その人が積み重ねてきたものや演じたものを見た時に嫌悪感を感じてしまうと、顔が整っている人でも無理だと思う。

それも一種コントロールできないものだ。まぁ容姿自体コントロールには限界があるけど。

 

多少なりとも多感すぎる部分があるんだと思う。それが合ってるかはともかく情報量が多すぎてキャパオーバーでダウンしやすい。

セーブができない。受け取らない方がいいと感じるとシャットダウンして閉じこもるしかできない。聞き流すとかも苦手かもしれない。馬鹿真面目か。

いろんな情報を感じ取るのが身体で、それをダイレクトに精神に届けてしまうから気疲れみたいな類の重さが取れない。

 

身体を使いこなすのが下手だと感じるのと同じくらい、人と過ごすのも下手だな感じる。

と書いて、語弊があるなと思った。

人と過ごした後に自分に戻るのが下手、要は八方美人なんだ。コミュニケーションは他人に委ねがちだし、その反動が一人の時に来る。反動…かな。委ねるところがないからかもしれない。まだ消化不良だなこれ。

 

身体が邪魔だと言ってたってしょうがないのだろうとは思う。

身体を手放すというのは自殺とかその辺だろうから、どうにかもう少し身体を使いこなせないか試行錯誤してみる。

服薬だったり食事だったり発声を変えるだとか筋肉量を増やそうとしてみたりだとか体重を減らしてみようとしたりとか。どうにかしてもう少し許せる身体にならないか。

 

寝る瞬間も苦手だけど、目が覚めた瞬間もとても苦手。

無意識と意識の狭間、意識を手放す時と意識を取り戻す時、その切り替えが下手な気がする。

起きた時、仕事だったり約束だったりがあると比較的身体が動きやすいのに、何もないと重くて重くて、おそらく体温も少し低いことが多くて動けるまでにしばらく天井やらカーテンから伸びる光を見てたりする。

そのまま寝てればよかったのにとか思ったり。寝れるならすることのない時は電源落とすようにひたすら寝てたい。

だとすると大半が仕事と睡眠のローテーションになりそうなのでやっぱり起きて何かしなきゃいけない。

 

起きたんだから、やることの一つぐらい、行くところの一つぐらい、何かしなければ。