ゆるぐた記録日記

読んだ本、思った事、取り留めもなく書き綴るつもり。

立ち止まらないということ

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昨日今日と急に寒くなって、もう終わったと思った三寒四温にボディーブローかまされたイメージ。

気温差は本当に読めない上に対処しづらくて、その上ダイレクトにダメージを受けてしまいやすいので、予報とかで急激に寒さが戻ってくるとか知るとビクビクしてしまう。

 

新年度の空気感にまだ慣れないまま、なんとか今年も2回桜を撮りに行けた。

上達は…してないなぁ、これ。とは思いつつ、毎年違う表情を撮ろうとしてみる。

 

 

年度末と新年度に加えて課内のごちゃごちゃにHPごりっごり削られながら、まぁなんとかまだ頑張ろうとは思えてる。

憂鬱ではないといえば嘘になるけど、やることがあるうちは何とかなると思っている。仕事に関しては。

割り切れるというか、切り捨てられるというか。

 

そんなこと言いながら、実は翌月はまるっとお休みフラグだったりする。いろんな事情で。

収入がまるっと一ヶ月止まるのは、まぁ精神的きついといえばきついけど、その分束縛も緩和されるから、その一ヶ月は動けるだけ動こうと、何しようかリストアップしてみたり。

 

新年度で新しい事業に異動になり、仕事外でも新しいことをやってみようという波がいくつかあり。

不安ありつつ、とりあえず行けるところまで行ってみるかと試行錯誤してるつもりなんだけど。

 

とりあえずは環境作りかなぁ、とか思っている。

 

限界が見えている気がする。

 

単なるフィーリングなので、本当はもっと耐えれるのかもしれないけど、感覚的には結構な綱渡りを続けている。

綱渡りを始めたのは自分なんだろうけど。

 

一つずつ一つずつ。

ずっと自分に言い聞かせている。

一つずつ積み重ねないと見えてこない。

このピースが次に繋がるかもしれない。

 

手探りがもう少し、あるいはもうしばらく、続いてしまうかもしれない。

オーバーヒートしてしまう前に、とりあえず環境と体力は作っておかなきゃとは思いつつ。

そこが一番難題なんだよなぁ。

 

できれば自己完結したい。

いろんなことに関して。

拡がりは見せないのかもしれないけど。

 

今年の夏は例年以上に荒れそうだな、とか梅雨も来てないのに思ってしまう。

頑張るしかないので頑張るよ。

取り留めのない話

 

気付けば2月も終わりかけで、私は何してたんだろうなと思ったりする。仕事に追われてたんだけど。

 

 

自分のことが嫌いなのは自分に固執しているからだと見たのはどこでだっけ。

 自分に向けたベクトルを他人に向けるにはどうしたら良いんだろうか。

そしてベクトルを向けると依存とはどう違うんだろうか。

他人を通しても自分にしかベクトルを向けれてないのだとしたら、それはもう自己完結で滑稽だなぁと思ったり。

 

 

思考がうるさい時はひたすら寝倒してしまう。

嵐が過ぎるのを待つように。

今日は事あるごとに寝すぎて体が重い。

夜中何時に寝付けるだろう。明け方まで起きてると簡単に生活バランス崩せて駄目だな。

寝倒してしまうくせに、眠りに落ちる瞬間が苦手で。疲れてる時ほど夜更かしをしてしまう。

寝付けない時は海の底に体が沈んでいくのをイメージして、体から力を抜くようにしてる。この癖がついたのは6年前ぐらいで、眠れない時は水に浮かぶ想像をしてると良いよ、と言ってくれた友達から。

プールの授業でも水に浮かぶのが苦手な私は海に沈む想像しかできないけど。

というか、沈むなら体に力入っとるやん。今更。

 

自分を傷つけるハードルが年々低くなって、そのうち本当に踏み外しちゃうんだろうなぁと思いながら、生真面目だから変に苦しくなりながらしばらく生き延びそうだなぁとかどっちつかずなことを思ってる。

抵抗がなくなったことをするのは興味がない。リストカットもODも後悔はするけどなんの意味も持たない。

そうやって自傷の種類を変化させるたび、わからなくなって手当てしにくくなる。

なんの話に飛び火したんだろう、これ?

 

今日は天気が良くて、暖房入れてない廊下ですら寒くなった。

春が近いのかもしれない。

昔は冬が一番好きだったけど、最近は春の方が好きかもしれない。

春の寂しさが一番優しい。

 

思ってることをただ湯船に浸かりながら書き出して見たけど、最近本当に独り言がやばいぐらい酷くてですね。思考の垂れ流し。

最初は声を発する練習してたら吃音緩和しないかなとか思ってついた独り言の癖が、道で独り言いう危ない人にまで近付いてるから良い加減どうにかしないと。

頭が働いてない時ほどよくどうでもいい1人脳内会議を口から垂れ流しにしてしまう。

この癖の矯正、目下もの目標かもね。

 

 

 

 

年末年始にあったこと。

緩く死にたい日が続いている。

年末年始は実家に帰省しなければいけなかったので、精神的に疲労するとは分かっていたのに、精神を武装しきれなかった。

結果的に思ったより精神的に食らってしまった。

親戚が三、四時間くらい騒いで帰って行ってから、どうしようもなくなって家を飛び出してしまった。

浮き足立った人の多いスーパーで鎮痛剤一箱と水とカッターを買って、川辺の階段に座って一箱飲みきった。

市販の鎮痛剤を安定剤のように飲むのは高校の時の悪習が抜けきれてないからかもしれない。

流石に外では自傷なんて出来ないので、ぼーっと川を見ていた。

浅くて入る気にもならなかったけど、もっと深ければ、もっと橋が高ければ、何かアクションしていたんだろうか、となんとなく疑問に思った。

寒さで体温が下がったせいか一箱薬を飲みきってしまったせいか、一時間後にはフラフラきてたけど帰りたくなくて本屋とかお土産屋とかコンビニをふらふらして、コンビニでとりあえずおにぎりをなんとなく買って食べて、そう言えば周りの空気ばかり伺って殆ど何も食べなかったんだな、と気づいた。

そのあと何事も無かったかのように帰って、少し不安げにこちらを探る父をあしらって、翌日もなんとなく凹みながら親戚と食事をとり三が日が終わった。

帰省が終わった翌日から仕事で、珍しく一日中頭が痛かった。

鎮痛剤を飲むが効かなくて、結局二日間ぐらい痛かった。

インフルエンザだったらどうしようかと思ったけど、熱はなかった。

土曜日に体が痛くなるほど寝た。

ストレスが限界を超えるとたまに熱を出していたけど、今年は仕事を休まないと気が張っていたせいか頭痛だったのか、と確証はないけど思った。

溜まった洗濯物や荷ほどきをしながら、今年はお盆と年末年始に実家に帰りたくないな、と思った。

父と折り合いが悪いのだと、だけれど向こうはきっと折り合いが悪いと思っていないし、私も折り合いが悪いのを隠しているとカウンセリングの先生に話したら、よく分からないという反応を返されたのを日常でたまに思い返す。

父親のことが嫌いなのだとしたら、なぜそんな律儀に実家に帰るのだ?と。

たしかに言う通りなのかもしれない。

ストレスになると分かりきっているなら、極力避ければ良い。

だけどそれが出来ない。

親族の関わる行事に参加せずにその後罪悪感や小言に苛まれるのと、少しの間親族の関わる行事にニコニコしながら参加して帰ってストレスで不調になるのでは、後者の方が楽だと思ってしまうのだ。

切り離すことが出来ない。

こう言うと私も依存しているのかもしれない。

自分を守るより自分を犠牲にする方がはるかに楽で見てくれも良かったりする。

年末年始は実家に帰っていたというと、ゆっくり出来て良かったじゃないかと言われる。

なんとなく微笑んで返す。

ストレスというとまず仕事が辛いのか聞かれる。

どうしても他人の実家には暖かいイメージしか持てないのかもしれない。

捨てたいわけではなくて、捨てれないわけでとなくて、でもこのまま持っているのはどうしようもなくしんどい。

そして捨てるビジョンも持ち続けるビジョンも見えてこない。

三連休で一日寝倒して、一日人と外出して、一日家で掃除などをして、なんとか一週間仕事を頑張ろうという気になった。

でもずっと目の前が灰色で。

思えばまだ今年の抱負も決めていないと思い出す。

頭がうまく回らない。

目の前のことしか出来ず、先のことに手を伸ばすのにとても労力がいる。

楽しいはずなのに、どこか景色が色褪せている。

これじゃダメだと色鮮やかな物に手を伸ばすけど、それすら煩わしく思える。

だけど、色鮮やかだと思えるものを捨ててしまったら自分は本当に死んでしまう気がする。

どんなに無駄そうに思えても、それがないときっと生きていけない。

たまに捨ててしまえば楽になれるのにと思うけど、その楽になれるは、楽に生きれるではなく、繋ぎ止める事がなくなったせいで楽に死を思えるの方の、楽になれるだと思っている。

心が踊らない。

心が踊ることに出会っても、持続させる事が難しい。

生命力が弱い気がする。

別にもうどうだって良いと思う。

積極的に死のうとは思ってない。

そこから生まれるのは、面倒なあれこれとか、元気なふりをしてたツケが周りの人たちに後味が悪い形で回してしまうとか、そんな感じだと分かるから。

だけど別に明日車が突っ込んできて、何かそんな唐突な事故に巻き込まれて、死んでしまっても別に後悔はない。

もう十分だと思う。

きっともう持ちきれない。

物の断捨離が苦手で、思い切って捨てようとならないと捨てれないけれど、きっと過去の断捨離も苦手だ。

記憶が増えれば増えるほど、生きづらくなっていく気がする。

当たり前に描けるような未来が、私には何もない。

緩い灰色の死にたさから目をそらしてくれる色鮮やかな何かに、今年は出会えるだろうか。

 

(感想)星の瞳の君、つめたい朝焼け

触ってしまったらひびが入って壊れてしまうんじゃないだろうか、そんな儚さを兼ね備えた表紙に一目惚れして購入した豆塚エリさんの「星の瞳の君、つめたい朝焼け」。

 

危うい瞬間は気付いても気付かなくても身の回りにたくさん存在して。

それに気付こうが気付かまいが毎日は進んでいくのだけど、気づいてしまった瞬間日常からは零れ落ちてしまう。

 

豆塚さんの小説を読んだのはこれが初めてだったのだけど、とても好きな静かさだった。静かな部屋越しに外のざわめきが聞こえて、でもそんなの関係なく部屋の中では自分の手の届く範囲の時間が進んでいくだけ。

 

読破後に一番残ったのは「はだら雪のリリシズム」。「スタンド・バイ・ミー」も現実離れしすぎない浮遊感が好きだった。

誰かにとってはなんでもない物が、自分だけにはお守り、へたり込んでしまいそうな時に力をくれる物になる気持ちはよく分かる。

魔法少女が変身する時に使う魔法道具のように、それは心がキリキリする時でも和らげて一歩踏み出させてくれる。私は大丈夫だと錯覚させてくれる。

それのお守りにまつわる話「はだら雪のリリシズム」は、痛いけど乗り越えていかなきゃいけない日常と、それを乗り越える気持ちを添えてくれる非日常の切り取り方、組み合わせ方がすごく良くて、つい数度読み直して浸ってしまった。

 

豆塚さんの切り取る世界はいつもガラスの破片のように綺麗だなと思う。

好きな詩集も句集も、遠すぎず近すぎずな距離の光る瞬間を切り取っていて、すごいなと。

本当は触ったぐらいでひびが入るほど脆くなんてないのかもしれない、でもその脆さや儚さを醸し出せるとこが美しいのかもしれない。

 

 

こんな感想かもよくわからないブログが久々の更新でごめんなさい。

豆塚エリさんの「星の瞳の君、つめたい朝焼け」おすすめです。

やりきれなくなった時に、好きな話をめくると、少し和らぐかもしれません。

二月のメモ

 

[映画]

◯sing (日本語字幕)

 

[本]

◯usao漫画 (usao)

◯LOCKET

◯愛と欲望の雑談 (雨宮まみ/岸政彦)

 

 

[その他 ]

◯哲学カフェ第32回参加

(許すとはどういうことか。)

 

 

 

二月はバイトが忙しくてあまり好き勝手動けなかったから、このぐらい。

腎臓病を患う話⑤

 

扁桃腺を摘出してから約二ヶ月後。

2016年6月から7月にかけて。

ステロイドパルス療法のため入院。

 

ステロイドパルス療法というのは、3日間に渡ってステロイド薬を大量に点滴する治療法。

病気の勢いがすごく、炎症を急激に押さえる時に有効な治療法らしい。

私は週3日のステロイド投与を3セット(3週間)、プラス退院出来るか様子見の1週間で、4週間の入院治療でした。

 

ここで一番めんどくさかったのは、集合部屋のおばちゃん達の人間関係だったんだけど、IgA腎症の話題から逸れるので省きます。

救急病院とはいえ、症状は様々だし病状も様々。個室を借りれるくらい経済力があれば良いんでしょうけど、4週間も借りれない。

4人部屋でしたが、長期入院になればなるほど、同室の人って大事です。

 

 

まずステロイド薬を投与すると、免疫力が低下するので、感染予防の指導を受けます。

基本的に24時間、食事とシャワーの時以外はマスクをつけてました。

あとは手洗いうがい、手のアルコール消毒。

 

ステロイド薬の投与は水木金に、1日2時間くらいをかけて投与します。

腕に針が刺さった状態が嫌いなので、針は毎回刺してもらう形に。

血管が細いらしく、苦手な看護師さんからは苦戦されるのが申し訳なかったけど、週4日も針だけが腕に残ってるなんて嫌だったのでワガママ言いました。

最後らへんは刺しまくってたせいで血管が硬くなり、別の腕から刺したりしましたが、結果的には無事に予定量終わりました。

 

副作用も思ったほどなく。

ムーンフェイスも、想像してたより酷くなく、少し浮腫んでるかな?ぐらい。

点滴中気持ち悪くなってたけれど、点滴が終われば吐き気も引いたので大事なかったです。

副作用で食欲が増すと言われていたので、体重が増加しないように、また糖尿病になりやすいので糖分を取りすぎないように言われてましたが、そもそも普段から食欲がある方ではなく、むしろ食べないで良い時は普通に食事を抜いてしまったりするので、病院食以外を食べることはほとんどなかったです。

1日缶コーヒーを1本飲むぐらいと、たまにお見舞いでもらった果物を同室のおばちゃん達と分け合うぐらい。

1つ言うなら不眠がでるかもと言われたのが、テキメンに来たことかな。

元から、不安なことがあると寝付きが悪くなるのに、それプラス慣れない場所だったので全く眠れない。

でもそこはI先生が理解ある人で、軽い睡眠導入剤を処方してくれてたので、あまり思い悩むことなく乗り越えられた。

(先生によってはクセになるのを嫌って極力処方してくれなかったりする)

 

そんな感じで、治療内容に特に辛いことはなかったです。

病院食が、食事療法メニューで、減塩でかつ低タンパクの食事だったので、食べるの大好きな人は辛いのかも。

まぁでも私は普通に美味しかったです。

これは病院によると思う。

 

4人部屋で、和気藹々としようというおばちゃん達に囲まれて、ほぼプライベートがなかったのが辛かったぐらい。

私は1人で本読んだりしてたいタイプなので、四六時中話しかけられると本読めない…笑。

 

 

退院の1日前に熱を出してしまったのだけど、感染症の疑いもなく、とりあえず予定通り4週間の入院で退院できました。

(おそらくストレスで熱出す体質なのでいろいろ限界だった)

 

 

その後は、隔日のステロイド薬を服薬。

最初は6錠から始めて、2ヶ月で1錠ずつ減らして、1年間服薬して一区切り。

 

今は2錠にまで減りました。

2017年2月現在。

もうここまでくると、免疫力の低下もそこまで気にしなくて良くなるので、軽いバイトも始められて少しずつ生活のリハビリみたいな。

 

 

この治療で、尿潜血も尿蛋白もなくなれば万々歳なのですが、残念ながら今の所無くなる兆しは無さそうなのが現状。

まぁ前は赤血球数えきれないぐらい出てたのが、今ではまだ何十個ぐらいと数えれるぐらいに減ってきたので、やってきたことが無駄ではないのは確か。

 

 

結論が出ない話で申し訳ないのですが、まだ治療が完全に終わったわけではないので何とも言えません。

ただ、尿潜血は少し残っても、あまりIgA腎症の進行スピードは速くなさそうなので、この投薬治療が終わったら、一度投薬を辞めて経過観察になりそうです。

 

私が女性なのもあるのですが、I先生は治療にこれから結婚、妊娠をするかもしれない可能性をさりげなく残していて、妊娠すると投薬が出来なくなるし、できるなら服薬のない生活の方が楽だとそっち方向に進めてくれているので、まだどうなるか分かりませんが、とりあえず治療の仮ゴールは見えてる感じです。

私自身にまだ上記のような予定はないのだけど、その可能性を潰さないでくれてるのは、少し嬉しい。

 

 

長々と取り留めのない話をしましたが、ここまできてやっと自分の体を労わる大切さが24歳にして分かりました。

IgA腎症はまだ原因が詳しく分からない病気で、治療もこれをすればほぼ寛解する!というのはなさそうなのですが、食事に気を使ったり、運動をしたり、そういう積み重ねが大事だと痛感しました。

そしてそこ難しさも。

 

完璧な健康食は無理でも、塩分だけでも控えてみるとか。

毎日がっつり運動するのは無理でも、できる時は体操してみるとか、歩いてみるとか。

少しずつ、自分の体に投資していかなければと思います。

今まで貯金を切り崩す生き方しかできなくてごめんね。

 

 

ここまで読んでくれた方に言いたいのは、私は(自分的に)特段すごく不規則な生活をしてたわけではありません。

会社は定時で上がっていたから、夜は寝ていました。

たまには睡眠時間を削ることもあったかと思うけど、連日なんてことはなかったです。

食事もとっていました。

(会社辞める寸前は1日にパン一袋とかあったから、それはダメだだと思うけど)

お酒は好きだけど、機会飲酒でしか飲むことはほぼなかったので毎晩晩酌もしてなかったです。

喫煙歴もなく、歩くのが好きなので余裕のある時はウォーキングもしてました。

 

私自身は、普通に、問題ない生活をしてたつもりでした。

でも体はガタがきてたみたいです。

原因が特定できないので、これが悪い!とは言えないのですが、だからこそ、気をつけられるところは気をつけて損はないと思います。

 

 

健康診断を受けた皆さん、引っかかった方、また受ける予定はないけどなんとかくギクリとした方、体はどこまでも耐えてくれるわけじゃないです。

自分の体を一番労ってあげれるのは自分です。

どうか体を大事にしてください。

 

 

ここまで読んでくれた人がいるか分からないけれど、

もしいたら、最大限のありがとうございます!を。

 

 

 

腎臓病を患う話④

 

IgA腎症の治療として、説明されたのはまず扁桃腺の摘出、その後にステロイドパルス療法でした。

 

え?なんで扁桃腺取るの?

 

私はあまり扁桃腺が腫れる体質ではなかったので、扁桃腺のイメージは風邪ひいて病院行った時に、あーーーって見せて

「あー、ちょっと赤くなってますね〜」

って言われるとこ、ぐらいのイメージしかなかった。

それを取る?腎臓のために?ん?

 

実はIgAを作れ!という伝達を出すのは扁桃腺らしい。

空気中の雑菌がくっついた扁桃腺が炎症を起こすと、それに対して体が抗体を作る。この抗体がIgA。

だけど、扁桃腺がIgAを作れという伝達を出し続けると、腎臓にはくっつきやすい異常なIgAが作られて、それがメサンギウムにくっつくとIgA腎症になる。

 

だから大元の扁桃腺をとってしまおう!という治療方針らしい。

 

あ、だから口呼吸の人は、そうでない人と比べてIgA腎症になるリスクが高くなるんだとか。

それでなくても口呼吸の人は鼻呼吸の人よりも寿命が短かったりするんだと。

扁桃腺をとってから免疫が下がるので、口呼吸を治そうと今年からあいうべ体操を始めたので、口呼吸気になってる方は是非あいうべ体操で検索!

(なんの回し者でもないよ)

 

 

余談でした。

 

なのでまずは扁桃腺の摘出から。

全身麻酔の手術だとI先生に説明されながら、

「でも大丈夫だよー、扁桃腺取るのなんて、玉ねぎの皮むくようなもんだから。しかもうちは全身麻酔で麻酔でやるから起きたら終わってるよー。自分も昔取ったけど、自分の時は局部麻酔だったから自分で口開けとかなきゃいけなくて大変だったよー笑」

とか先生笑ってたけど、なんだそれ地獄かよ、全身麻酔でよかった!!!

 

でもまたもやA病院には耳鼻咽喉科がなく、手術するためには他の病院の先生にかからねばならず。

そこでI先生と一緒に同じ手術、治療をしてきたF病院の先生が、奇遇にも高校の時ストレス性の難聴にかかった時にお世話になった先生だったので、すんなりと執刀医も決まり、紹介状を持ってF病院に手術前の検査と説明を聞きに。

F病院は入院設備があるような大きな病院ではないので、A病院に入院し、F病院の先生が手術しに来てくれるという形に。

 

I先生とは、「F病院の先生の都合もあるけど、多分5月とかかなぁ」とか話してたのに、GWはさむと先生6月末ぐらいまで予定が開かないらしく、急遽今月しよう!となり、心の準備ができなくて白目をむく。

 

まぁでも嫌なことは早く済んだ方が気が楽…、だし、これもきっと何かの思し召しや!やろう!ってことで、手術すると決めて2週間後にすることに。

この時2016年4月。

 

腎生検からのスピード感。

あれよあれよと言う間に決まって、手術まで体調崩さないということで、手術の5日前から抗生物質の服用が開始。

 

熊本、大分の方ならまだ1年経ってないので記憶に新しいと思うけど、この頃熊本を中心に大きな地震が立て続けにありました。

私の住む大分も結構大きな震度の地震が来て、その時居た自宅の被害はないものの、実家が古くて不安だったのと、夜中に何度も来る大音量の緊急地震速報と、揺れと、手術の不安でこの時の精神状態は結構ガタガタでした。

 

手術中に大きな地震きたらどうなるんやろ、とか思ってた。

まぁ来なかったんだけど。

 

扁桃腺取ると、しばらく喉が痛いから(そりゃそうだ)、手術前に美味しいもの食べときよーというI先生の勧めにより家族で中華とかも行ったんだけど、それに勝る不安な記憶しかない、笑。

 

そんなこんなでメンタルガタガタのまま入院。

 

手術前日に麻酔担当の先生からとか、いろんな説明や当日の流れを聞いたりして、翌日14:00から手術。

それまでに、なんか栄養価の高そうなジュースを飲んだり(朝の軽食以降絶食だったので食事代わり)、座薬使わなくちゃいけなかったり、手術着に着替えたり(スースーする)。

呼びに来た看護師さんに連れられて、歩いて手術室のある階へ移動。

 

手術室の手前で付き添いきに来てくれてた母と妹と別れ、手術を行う先生やスタッフさん達と意思疎通(?)。

名前だったり、これから自分が何の手術を受けるのかを確認のため患者から言ったり。

 

驚いたのが、

「hiちゃん?」

とスタッフさんの一人から言われて、ん?と思ったらまさかの小中の同級生!

麻酔助手的なポジションみたいだった。

中学卒業以来会ってなかった子と、手術室でまさかの再開(手術する側とされる側という)。

 

そんなことがあったので、緊張しやすい私も一気に緊張が解けて、結構リラックスした状態で手術台に。

(自分で上がるとは思ってなかった)

 

すぐに腕に針が刺されて、

「じゃあ麻酔していきますね。ゆっくり一緒に数数えてください。いち、にぃ、、、」

 

どこまで数えたか覚えてないけど、ハッと目を開けたら、頭上で先生が

「無事終わりましたよ」

と立っていた。

何だか夢を見ていて、その夢の内容が思い出せそうで思い出せなくて、ぼーっとしたまま返事しようと思ったら声が出なかった。あと喉も痛かった。

(手術後、少しの間声が出なくなることは説明されてたし、筆談の用意も言われてた)

「無理に喋らなくていいよ〜」

と言われながら、病室に運ばれた。

麻酔がまだ切れきっていないのか、うつらうつらした状態で、半分寝てるみたいな感覚だった。

ただ、手術終わったら目が覚めるんだ、すごいなぁと思ってた。

 

病室に帰ると、母と妹に加えて、父と祖母が来てた。

でも父と祖母は、あまりに喋れなくて(麻酔で)ぐったりしてた私を見てられなかったのか、数分で帰った、笑。

 

病室で血圧測定器や、エコノミー症候群予防の機器をつけられて、翌朝までは安静になる。

時間は覚えてないけど、夕方から夜にかけ手だったと思う。

麻酔が体に合わなかったのか、急激に気持ち悪くなってリバースもしたけど、何も食べてなかったので胃液ぐらいしか出なかった。

その片付けをしてもらうとき、自分で呼吸が出来たので酸素マスクを外してもらった。

喉は痛かったけど、まだ麻酔が残ってたから、うつらうつらしてたらあっという間に朝が来た。

 

朝早く、F病院の先生が立ち寄ってくれて、摘出した扁桃腺を見せてくれた。

まぁなんとも思わなかったけれど笑。

検査材料にしたいのでこちらで引き取っても良いかと聞かれたので、別に持っていてもしょうがないので頷く。

そのあと管やら血圧測定器やらが外れたので、点滴だけになって随分身軽に。

 

この日からしばらく痛みとの戦い。

翌日から口から摂る食事が出る。

最初は全粥(米粒もないぐらいとろとろの液体)そこに栄養調整のための牛乳やらジュースやらの紙パックの飲み物が2つぐらい。

唾液を飲み込むだけでもめちゃくちゃ痛いけれど、口から食事が取れないと点滴が抜けないので、退院できない。

全粥1杯とジュース2本でも完食に1時間かかった。(まぁ他にすることもないから別にいいんだけど、何度も下げに来てもらうのが申し訳ない)

そこから、少しずつ米粒が残る形状になって、最後はおじやぐらい米粒がしっかりと残る粥も食べれるぐらいにまでなった。

 

その間何回かF病院の先生が診にきてくれるんだけど、

「今は自分のこと恨むぐらい痛いだろうけど、絶対時間が経てば治るから」

と何度も言われ、この先生は過去どんな恨み辛みを言われたんだろう…と逆に心配になった。

むしろ声出ないから言えない。

 

口の中を清潔に保つことだけは言われてたので、朝と夜、あとは毎食後に歯磨きをするぐらい。

あと喉がめちゃくちゃ痛いので、ずっと氷嚢を喉に置いてた。

 

少しずつ声が出るようになってきて、まだ痛みはあるけど食事も十分取れると判断されたので、9日間で退院。

 

その後は自宅療養だったけど、一ヶ月ぐらいで痛みも殆どなくなった。

傷口を縫った糸も、食事をする時に自然と取れて無くなるタイプのものだったので、抜糸もなく扁桃腺にまつわることはこのぐらい。

 

 

どんどん長くなっていってるけど、次でラスト。